
サイコロの1の目のみが赤いのは、なぜ?
ある日、ゲームをしている時にふと疑問に思い調べてみました。
物の本によると『1が赤いのは太陽を意味している』、『日の丸のデザインを借用』
『マージャンの赤五筒のマネをした』などの諸説があり、真相は昭和の初期に、あるサイコロメーカー
が他社との差別化をはかるために赤くしたのが始まりだとか。
つまり、売上増を狙ったチョットしたデザイン上の工夫だったそうです。
ところが、これがウケたのをみて他社が追随。今では国内向けにつくられているサイコロのほとんどが『赤い1』となっているそうです。
ちなみに輸出用のサイコロの目は全て黒です。
この世の中、流を読んで動く事、気が付いて実行することで成功への分かれ道になることは、古今東西変わらないことですね。
最近、自分が通学した小学校が、建て替え工事をしている現場を通り、ふと気がついたことが有ります。それは、前の校舎より天井が低く気なっている気がしたのです。自分だけの錯覚かと思い、近所の同級生にも聞いてみたところ、やはり低くなっているとの返答でした。小中学校の天井の高さは、国が定めた規制があり明治15年・当時の文部省により一丈(約3メートル)を下回ってはならないとされたことからさかのぼり、昭和25年の建築基準法では、通常の建物の場合、天井の高さは2.1メートル以上と決められいたが、小中学校は例外とされていた。当時は子供も多く 、すし詰の教室のなかで奇麗な空気を保つ為、3メートル規制のままだったとのこと。その規制が平成17年に撤廃され、市町村・地方自治の裁量に委ねられる事に至り、どこの自治体も厳しい財政状況の中、耐震建築での建て替えをしている各自治体は建設コストの抑制を考慮しないわけにはいかないはずで、天井の高さが授業に影響されないこと、心理的に影響を受けないことをふまえ、実行されたらしいと知り合いから聞かされました。校舎一つを取っても、時代とともにかわっていくものなんだと思う次第です。
先日、知人との会話で看護士(ナース)の手を見れば、そのナ-スが優秀かどうかが解るという話を聞きました。ナースは、1日に100回以上手洗いをするとのこと。感染防止や薬品類を扱う関係で、毎回毎回消毒液で手洗いをしていれば手あれが酷くなって当たり前。よって手あれが酷いナ-スは優秀という事になり、院長など経営者はごまかす事が出来ないナースの手の状態を見て評価しているらしいとその知人は言っていました。私も最近、定期的に通院している関係で、その話を聞いたあとに注意して看護士さんの手をみることをしてみましたが、確かに注射の下手なナースの手は比較的奇麗でした。注射の嫌いな私は、何度もやり直させるのが嫌で、最近では出来るだけ手あれのナースの方へあたる事を祈って通院しています。医療に限らずどの分野においても、熟練・優秀な人の見分けは、裏付けが元になり見分ける事ができるので、私も今後に活かしていければと思います。
全国からの義損金が1000億円を越えたとニュースで聞き、これからまだまだ善意の募金が集まる状況とは思いますが、肝心な被災者の方への配分が滞っているとの事。担当の方のご苦労も解りますが、手続きがどうのこうのではなく当面の生活費として一刻も早い支給をお願いしたいです。折角助かったいのちなのに被災生活のなかで亡くなられる方がふえているとの報道もあり、地域によっては支給される食事の内容が不十分であったり、入浴、トイレの問題などで体調をくずし医療・医者不足が追い打ちをかけるように命を落とされると聞きます。日本全国で被災地域の皆さんを救いたいとの気持ちで集まった義捐金です。どうか活きたお金として届けて下さい。こんな時にこそ現場の声を聞き取り、迅速な決断をしてくれるリーダーが求められるのですが、誰か出てきてくれませんか。
報道された通りに今年の花粉は、非常に辛い症状を引き起こしてくれる大量の飛散のようで、花粉症患者の1人としてあたたかくなってくることは喜ばしい反面、目・鼻・咽喉の防衛を飛散が収まるまでどうしようかとない知恵を絞り、行き着いた先がマスク(花粉症用)の着用となりました。慣れないうちは非常に違和感があり、息苦しい側面と眼鏡が曇ることを我慢しなければなりませんが、鼻水,くしゃみの緩和はされるため睡眠にも影響しなくなり当面はマスクで凌いでいこうと思っています。花粉の季節はかかりつけのクリニックへ点眼と飲み薬をもらっていましたが、今年は薬に頼らないでこの春を乗り切るぞと決心し日々過ごす事にします。本来であれば、この季節は華やかで楽しい季節のはずですが、このたびの大震災で被害にあわれた多くのかたがたに対しこころよりお見舞い申し上げます。私でも、復興の手助けが出来ることは家族共々やらせていただこうと思っています。
明けましておめでとうございますといってから、気が付けば1月もあと3日で終りになります。雪の被害と思いもよらぬ寒さに見舞われ、全国各地で雪の被害が連日報道されています。本格的な雪に見舞われたのが当社の社員旅行の帰り道。翌週明けは朝から雪かき・除雪作業で久しぶりに腰にきたことを思い出していましたが、豪雪地帯の方々は、雪下ろしをしない事には死活問題となるほどの厳しい現実であることをニュース報道で感じます。つい最近のタイガーマスク現象ではありませんが、ボランティア活動される方があのニュースをみて、雪の被害にあっている地域へ善意の活動として雪下ろし作業の輪が広がれば、年明けから今年は景気を含めてよい良い年に成りそうな予感がしてくると思うのは私だけでしょうか。豪雪地帯の高齢化で独り暮らしの老人が、大量の雪と向い屋根の雪下ろし作業を見ているとこの先春まで毎日雪下ろしを課せられることは、当事者でなくても心底しんどいことと思います。見方によって偽善だとか指摘する方もいらっしゃるかと思いますが、行動しなくて非難・中傷する人は論外だと思う私は、恥ずかしながら確かに他力本願の思いで述べているのが現状ですが、この世の中もまだまだ捨てたもんじゃないと思う現象がこれから他へも影響してくれればと思いに至る次第です。
鳥取県境港で、降雪により停泊していた船が転覆・沈没したと言うニュースを見て、雪の重みで船が沈むほどの降雪量とはどれだけなんだろうとふと思いました。それ以外での被害もビニールハウスが雪の重みで潰れたとか、軒先に積もった雪がその家の方に落下しなくなったなど雪の被害を耳にするにつけ、異常気象のひと言でかたずけられない環境の中で日々生活している自分達は今、それぞれが何をしなければならないか?温暖化防止を家庭内レベルで実施する事、身の周りのできることを日々継続する事をテレビ、ラジオ、新聞などでPRしている反面、正反対の意見を述べる見識者もいるこの世の中。いったいどちらがベストなのか、どちらが本当に正しいのか解らなくなる事が有ります。はっきりしていることは、パニック映画のデイアフタートゥモロウのようにならないようにしたいという事です。その前に確か900兆とか言われる膨大な国の借金をどうするかの難題のほうが近々の問題で、その解決をしない事には前へすすめないとも思います。閉塞感にドップリ浸かった感がある年明けですが、伊達直人を名乗り、個人のレベルでランドセルを寄付するニュースを聞くと心が和む心境です。
広島の親戚が、先日遊びにきてお土産に紅葉饅頭を携えて来ました。この親戚は毎回のお土産が紅葉饅頭なのです。一口に紅葉饅頭と言ってもお店により味が全然違います。この紅葉饅頭を一躍有名にしたのが、漫才いコンビのB&Bで当時の漫才ねたでよくもみじまんじゅうのフレーズを聞かされ、それがよく耳に残っていたものです。漫才ブームもあっという間に過ぎ去って行きましたが、その中から、今でも第一線で活躍している芸人は、当時から面白いキャラであり漫才ねたも面白かった人たちです。人の興味・流行は移ろい易いもので、そんななかから生残ってきた芸人は才能と努力の結集の人だとしみじみと思います。活きた証を、多くの人の心に刻み込んで一生を終える人生なんて素晴らしいと思いますが、残りの人生が予測出来る年齢になると某かを遺したいという欲求が芽生えてくることは、皆さん同じ感覚なのでしょうか。私も簡単な自分史でも書いてみようかと思う今日この頃です。